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脱 斎藤一人をした話

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斎藤一人さんって知っていますかね。
少し前まで、結構気に入って本を読んだり、音声を聞いたりしていたんですが、
ある時からぱったりやめてしまいました。
まあ、本屋に新刊があったり、図書館で見かけたりすれば少しめくることはあるかもしれませんが、
ほとんど興味はなくなってしまいました。

ファンビジネス

多分、ビジネスをある程度学んだ人の中にはピンときてしまう人もいるでしょう。
この人のやっていることはファンビジネスです。商品そのものがいいものかどうかは関係ないと思われます。(良いものなのかもしれません。が、漢方薬ということで、所謂”薬”ではなく、効果が保証されない点がみそだとおもいます・・・。賛否両論あるでしょうが。)

徹底して顔を出さない点はすごいとおもいます。
たいていは顔を出したほうがもっと儲けられるという口車に乗ってしまうところですが、
おそらく相当に以前からマインドマネジメントがガッチリご自分の中でされているのでしょう。

よく本や音声などで、「なぜだか儲かる」ということを言っていますが、
実際には理由はよくわかっているとおもいます。
わかっているのに、わからないふりをしてるっぽいところが、少し冷めたところではあります。
でも、ここは本筋ではありません。

宗教ではないが、、、

多くの人が、宗教なのか?、という疑問を持つようです。
再三これは否定されてはいます。
ところが、ファンが”信者”のようになっており、宗教的になってしまっている部分も否めないとおもいます。

音声CDを聞いていると、この点が気になりました。
つまり、斎藤一人さんというより、ちょっとそれを取り巻くファンたちに不気味なものを感じました。

斎藤一人さん自体も、たまには失言もあるわけです。そこは仕方ないです。
でも、それは違うよ、といえるのが仲間というもののはずです。

私が不気味だと言うのは、その空気です。

「ありがたいお話を、どんな内容でも、喜んでお聞きいたします」と言う空気感。

音声は繰り返し聞くと理解が深まるといいますが、
私の場合は繰り返して聞くうちに、凄さは、話している内容ではない、と感じるようになりました。

とあるCDの内容が・・・

斎藤一人さんのCDを車の中で聞くということが習慣になっていたのですが、
その新しいCDを聞いていて、少し引っかかりました。

それは、何もかも許せ的な話だったと思います。
それに対して「じゃあ、犯罪被害にあっても許せというのか?」というのに対して

「自分があったわけでもないくせに 笑笑笑」

と言っていたのです。それに歓声を上げる聴衆・・・。

ん~~?それはちょっとないんじゃないのかな・・・と、思ってしまいました。
たしかにおっしゃる通りで、先回りして不安を感じてしまうという無駄はあります。

でもでも、犯罪被害者がそこに一人も居ない、というのも言い切れない事実ですよ。
私は、もしかしたら、そういう人もなかで聞いていたかも・・・、と思ってしまったのです。

そうしたら、すぅ~っと、斎藤一人熱は下がってしまって、一切読まない・聞かない、になってしましました^^;
これはこれで極端かもしれませんけどね。。。

まとめ – どんなファンでも少し引いてみてるのが良い距離かも

一時期は、すべての単行本と音声をすべて集めようぐらいに燃えていたのに、一気に冷めてしまいました。
こうなった今でも、斎藤一人さんの凄さは分かります。実際にすごいですよ。あれだけの実績があるわけですし、今日もファンは増えているのでしょう。

一つあるのは、燃えすぎると、冷めるのも早い、というのがあります。
なので、ファンというのは少し緩くやるのが良いのかもしれないと、思ったのでした・・・。

 

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